大阪高等裁判所 平成元年(う)363号 判決 1989年9月13日
本籍
大阪府泉大津市東助松町三丁目一一番
住居
同市東助松町三丁目一一番一六号
会社役員
辻本一成
昭和一三年九月一二日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成元年三月一〇日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、原審弁護人から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。
検察官 大口善照 出席
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人木村達也、同尾川雅清共同作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
論旨は、原判決の量刑不当をいうにあるので、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せ検討するに、本件は、被告人がその経営する鮮魚卸売業の所得の一部を秘匿し、あるいは有価証券の売買による所得の全額を秘匿するなどして、昭和五八年から同六〇年に至る三年度の正規の所得税額の支払いを免れ、これをほ脱したという事案であるところ、被告人が本件犯行に及んだ動機としては、昭和五八年から同六〇年にかけて大阪湾の鰯が予想を超えて豊漁であり利益が急増したのを機に、将来の不況時に備えて資金を貯えることを意図したのが主たる理由であるというものの、他方ほ脱した所得を事務所の建築代や高価な時計宝石などの購入あるいは有価証券の売買資金に当てており、いずれにしても被告人自身の個人的な利得を追求するものであつて、酌量するに足りるものとは到底思料されず、加えて本件犯行の態様は、鮮魚卸売業については、架空の仕入を計上するなどの方法を用いて経費を水増し、また売上の一部を秘匿して、知人の税理士に依頼して虚偽の収支決算書を作成したうえ、それに基づいて所得金額及び税額を申告したものであり、さらに有価証券の売買では、その所得の全額を秘匿して申告せず、前示のとおり所得税をほ脱したもので、そのほ脱額は前記三年度を併せて二億二四二二万九四〇〇円という多額に上るものであることなどに徴すると、被告人の刑責は軽視できず、被告人が自己の非を反省して、本件脱税分については修正申告のうえ、金融機関から資金を借用するなどして本税及び重加算税並びに地方税もすべて納付していること、被告人には業務上過失傷害罪による罰金刑に一回処せられたほかには前科のないこと、被告人はかつて保護司として社会に奉仕していたこと、その他被告人の家庭状況など所論指摘の一切の事情を勘案しても、被告人を懲役一年八月、三年間刑執行猶予及び罰金五〇〇〇万円に処した原判決の量刑は、その刑期及び罰金額において重きに過ぎた不当なものであるとは認められない。論旨は理由がない。
よつて、刑事訴訟法三九六条により主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 近藤暁 裁判官 梨岡輝彦 裁判官 安原浩)
控訴趣意書
被告人 辻本一成
右の者に対する所得税法違反被告控訴事件につき、控訴被告人は左記の通り控訴趣意書を提出致します。
平成元年五月二九日
右主任弁護人 木村達也
弁護人 尾川雅清
大阪高等裁判所第六刑事部 御中
記
一、原審判決は、以下の通りの事由があつて量刑は不当に重きに失する(刑事訴訟法第三八一条)。
二、<積極的な自白と捜査への全面協力>
公訴事実については、被告人は全く隠すところなく、全て認めており争いはない。又、国税局の捜査・取調べに対しては全面的に協力し、一切隠すことなく帳簿等関係書類を提出している。被告人の性格と反省の態度を示すものである。
三、<犯行態様>
1.本業関係
被告人の本業は、鮮魚卸売業であるが、本件が発生した昭和五八年以前には年間の売上も二億円程度で、従業員もおらず帳簿等も殆ど整備していなかつた。いわば、大福帳程度の記帳であり、又それで十分賄えていた。
このため、税金の申告も前年との比較でやや増額して申告するという遣り方で(この遣り方は、たとえ赤字の年でも同じであつた)、三年おき程度に税務署の調査があり、その度に修正申告をするという状態であつた。
これは、ずさんと言えばずさんであつたが、小規模の商人としては、平均的なものであつた。
本件の脱税事件を起こした時期(昭和五八年から昭和六〇年)は偶々大阪湾に三〇年振りに『大羽鰯』が大挙して現われ鰯の専門業者である被告人も驚くほどの商売が出来た時期であつたが、被告人としては、大羽鰯の景気も(これは自然現象であるから)長く続くはずがないことを熟知しており、「又損をしても黒字で届ける時もあるから。」と軽い気持ちで従前の申告の遣り方を続けてしまつたものである。
従つて、本件の脱税はさほど計画的に行なわれたものではない。
例えば、泉州銀行や三和銀行の口座も脱税のために開設されたものではないし、名義も偽つていない。脱税の手口も単純である。
2.株関係
被告人は従前から株式の取引を行なつていたが、申告が必要な程の取引を行なつたのは、本件の脱税の時期だけである。
このため、被告人も申告の必要性について、認識が甘かつたし、証券会社の担当者も(取引を増やして成績を挙げるという営業上の立場もあつて)きちんと被告人に対し申告の必要性を指摘したり促したりしていない。
このため、脱税の手口も単に全く申告しないという極めて単純なものに過ぎない。
3.その他
尚、被告人は『丸優』制度を利用する脱税も行なつているが、これは程度の差はあつても、一般社会で広く行なわれていたものである。
このように、被告人の犯行態様は単純で、特に悪質なものではない。
四、<再犯の可能性>
1.前科・素行関係
被告人には交通事故の前科が一犯あるだけで、同種の前科はない。
又、素行という点から見ても、長く地域で保護司を努める等社会に貢献している。
従つて、前科・素行の点から再犯の恐れは全くない。
2.法人化
被告人は昭和六〇年一二月に個人事業を法人化しており、従来のずさんな経理・申告を一八〇度改めている。
従つて、この点からも再犯の恐れはない。
3.納税状況
被告人は、納税状況報告書の通り、所得税関係は本税・重加算税等として約三億三、五〇〇万円を完納しており、地方税としても約五、一〇〇万円を納税している。後は、事業税の約九〇〇万円を残しているが、被告人は一切の預金を解約したりゴルフ会員権を全て処分することはもちろん、出来る限りの借金をして精一杯納税したものである。
これは、被告人の反省の現われであり、この点から見ても再犯の恐れはない。被告人は「三〇年間営々と蓄積した一切の財産を今回の事件のため全て吐き出した」と話している。被告人は取引先や顧客に関連調査等で迷惑を掛けてはいけないため、一切自分が責任を負つて事件捜査の終結を図つた。この結果、本来は控除されるべき諸経費があつたが経費として出されていない。
4.家族の状況・本人の深い反省
被告人には、病気で長期療養中の長女の外、長男、妻がいるが、今回の事件が新聞に(虚偽の事実を報道されたことを含めて)載つたこともあり、家族全員にひどい迷惑を掛けてしまつた。
被告人は、このように自己の行為が家族及び取引先等にどれほどの迷惑を掛けるかを知り、自己の軽率さを痛感し、充分に反省している。
5.まとめ
これらの事情を総合すると、被告人には再犯の恐れは少ないと認められる。
五、以上の事情を総合して考慮すれば、被告人に対して宣告された懲役一年六月並びに罰金五、〇〇〇万円と言う判決は、極めて苛酷であり、相当事情考慮の上減刑されるべきものと考える。
以上